2010年4月27日火曜日

カリカチュア (3)

「カリカチュア」とは、イタリア語では「誇張する」という意味になる。英語やフランス語でも「本当の様子よりも大げさに表す」という意味で使われ、人物画のジャンルでは、痩せている人をまるで骸骨のように描いたり、鼻が高い人の鼻を大根のように描いたりする画法を「カリカチュア」と言う。ポンペイの壁に当時の政治家と思われる人物の鼻やあごを妙に細長く描いた落書きがあることからして、カリカチュアには、かなり長い歴史がありそうだ。

似顔絵を旅行先で描いてもらうことはよくある話だ。「うん、うん。確かにこれはお前の眉毛だな。鼻もそっくりだ!」。こうして喜んでいる観光客の声がパリやニューヨークの街頭で毎日のようにあがっているだろう。だが、無邪気な遊びではなく、相手の欠点を誇大して描き、あるいは完全に現実離れした悪魔に見せたりする悪質なカリカチュアもある。

ブッシュ政権時のアメリカでは、大統領の顔をサルっぽく描く一こま漫画がやたら多く見られた。「ブッシュは頭が悪い」と批判することが作者の狙いだったに違いないが、それ以外に具体的な政策への批判などはまったく感じ取れない作品が多かった。同じように、クリントン大統領の在任中は、ひたすら好色家らしく描く漫画が流行っていた。

大衆の心を瞬時にふめるのは長たらしい経済論や歴史書ではない。大衆の感情に素早く訴え、怒りと愛国心を煽り立てる手段が必要だ。したがって、「カリカチュア」は政府や軍隊のプロパガンダとして悪用されることが多い。第二次世界大戦中も、全ての参戦国がカリカチュアの力を生かし、国民の戦意を高めた。

ナチドイツによって作られた映像や雑誌、ポスター、郵便切手などは特に見事(?)なものだった。当時のどんな宣伝ビラを見ても、金髪のドイツ兵が勇ましく立ち向かっている相手は、下品そうで色黒いロシア人だ。同じように、清らかな青い瞳をしたドイツ人女性に襲いかかっているのは鼻の曲がった鬼のような顔をしたユダヤ人である。ナチ政権は、何百年もの歴史をもつ、大衆の偏見を上手く利用していたのだ。

大日本帝国も、アメリカ合衆国も、敵国について巧みなカリカチュアをプロパガンダとして自国民に発していた。

日本の情報局企画である「写真週報」という雑誌は、「時の立札」という題で様々な標語を戦時中に紹介していた。昭和18年3月10日には、陸軍記念日の特集があり、「撃ちてし止まむ」という有名な標語が「写真週報」で発表された。この特集の一部として、子供用の塗り絵も二枚載っていた。






 
 一枚目の図下には、次のような言葉が書いてある。

コノオニハアカオニデス。イギリスノハタヲハラマキニシ、アメリカノハタヲフンドシニシテヰマス。ヨクカンガエテカラクレヨンデヌッテゴランナサイ。

二枚目の下には、こんな文がある。

コノテキヘイハ、ニンゲンノカタチヲシタアオオニデス。アメリカノハタト、イギリスノハタヲウデニマイテヰマス。オトウサンヤオカアサンニモヨクキイテカラ、クレヨンデヌッテゴランナサイ。

どちらの絵もシンプルな塗り絵で、決してナストの風刺漫画(ましてやドイツのプロパガンダ映画)ほどの洗練された芸術性はない。しかし、その目的を考えれば、なかなかよく出来ていると言えるだろう。幼い心に「鬼畜米英」の精神を植えつけるのには十分な道具で、「コノテキヘイハ、ニンゲンノカタチヲシタアオオニデス」というところなど、特に子供心への効果的な呼びかけだったのだろう。

アメリカのプロパガンダの中にも、敵兵の人間性を否定するようなものがあった。しかし、日本人を鬼や悪魔として描くよりも、人間以下の存在に例えることが多かったようだ。日本兵を原始人やサルのように描いたり、シラミに例えるものまであった。

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